結構のところセッションって辛い思いもするよね


結局のところセッションは辛い思いもするよね。

こんにちは。ベース講師の紀平です。
今回はセッションイベントに関して。持論を。
この前お客さんとも話していたのですが
セッションイベントのガチ勢とエンジョイ勢との違い。みたいな部分。
軽く説明すると
セッションイベントとはある会場に集まって
ジャンルの括りだったり曲目だったり様々ですが
お客さん同士で演奏しましょうよ。という会のことです。
まぁお気楽な楽しい会がほとんどです。
ですが。
はじましての人同士演奏する、そしてリハーサルがあるわけではないという部分で
技術力の差だったり、考えの差で摩擦が生じることが多々ありまして。その会を仕切る人間は度々そこに頭を抱えます。
初心者限定のセッション!
とか。ボーカルの人向けセッション!とか
逆にお稽古セッション!みたいに銘打って
ある程度参加者の方向を定めようと試みたりもしますが
絶対にその括りの人だけの集まりに強制できるわけではなく、
まず前提として初心者、中級者、上級者に明確な線引きがあるわけではないので難しい。
楽しみにきてるのにガチ勢に嫌そうな顔されて不快とか、
ガチ勢からしたら勉強にきてるのに下手くそと組まされて実力を発揮できなくて不満とか。
色々トラブルがありました。
うーん。難しい。
個人的な考えでいうと、僕も本来割とガチ勢的な思考で10代とか20代前半のときはセッションに行って周りに不満だと露骨に顔に出ていたような気もします。
必死だからね。
自身ないんでー、とか下手くそだからーとか前提に言い訳されるとじゃあステージに上がってくるんじゃねぇよ。とか思ったりしてる時期もありました。
尖ってますねぇ、性格悪いですねぇ(笑
でも必死なんですよ。ガチ勢の気持ちもわかる。
勉強したいんですよね。
ます、セッションの源流から考えるとジャズなら実は最初はビッグバンドのミュージシャンたちが仕事終わりに夜な夜なやっていた腕試しの場。自分の実力を魅せて仕事を勝ち取るためのオーディションみたいな側面もありました。
下手くそはステージから蹴り落とされた、とかよく聞く話ですよね。
となればガチ勢の思考が正しいのでは?とも思うし。
逆に他のセッションが源流にある音楽でいうと
アイリッシュとかだと労働者がパブに集まって音楽を楽しんだと聞くしそれはエンジョイ勢の考えに近いのかなとも。
ファンクでいうとどうだろう?
本来大元はアフリカ音楽なので宗教音楽でしょうか。
深夜にひたすらリフレインしてトランスするイメージが。
となればやっぱりエンジョイ勢のほうが感覚は近いでしょうか?ちょっと、いや全然違うだろうけど。
うーん、やっぱりどちらの考えも間違っていないと思います。
というのが最近の自分の考え。
ただ、いまの自分が(という書き方してるのは僕はまだまだ未熟なのでこれから考えも変わるだろうという)思うのは
やっぱりセッションって傷つくことはある。辛い思いをすることはあります。
そこは否定しないかなと。正直に。
だって自分の一生懸命やっていることを人に聴かせるって相当なハードルの上だと思うし、否定されたら辛い。
人がどう思うかなんて絶対に読めない。
読めたらセッションなんて行かずに曲書いてヒット曲を連発して大儲けできます(笑
でもそれってライブでも同じ。辛い反応もあるし、楽しい反応もある。
セッションだけが毎回絶対楽しくなる。は無理です。
それが嫌なら自分のイエスマンだけ集めてスタジオでジャムればいい。それなら絶対傷つかないです。
でもそうしないのはきっと心の奥底で不特定多数に聴いて欲しいという気持ちもあるのでは、と思うのです。
辛い反応だったり、ダメだしされたら
気持ちは沈むかもしれませんが
じゃあ次もっといいステージやってやるよ!という意気込みでそれをプラスに変えていったらダメだしも辛くなくなるのではないでしょうか?
あ、こうなるとガチ勢的思考になっていってるな。
じゃあやっぱり気にせず楽しもうぜ!としか言えなくなるのか。堂々巡り。
楽しもうぜ!!!